中萬学院グループ - 神奈川県・横浜市の学習塾・進学塾

CG’s EYE

特別企画 CHUMAN卒塾生インタビュー
作編曲家・サックス奏者 小林洋平さん

No.009 2016年04月27日

今回のCG’s EYEは、特別企画としてCHUMAN卒塾生小林洋平さんインタビューをお届けします。
今から22年前。小林洋平さんはCG中萬学院逗子スクールから横須賀高校に進学。その後東京理科大学、同大学院へと進み、宇宙物理学を専攻します。しかし、幼い頃から続けていた音楽への情熱を抑えきれず大学院を中退し、アメリカの名門バークリー音楽大学へと単身留学します。そして同大学を首席で卒業し、現在は音楽家として幅広いフィールドで活躍されています。CHUMANから宇宙へ、そして音楽へ。聞き手は中萬代表です。

写真:CHUMAN卒塾生小林洋平さんインタビュー

宇宙物理学を志すきっかけは「死への恐怖」だった!?

中萬:小林さんは今から22年前、1994年3月に卒塾するまでの計4年間、CG中萬学院の逗子スクールに通塾されていたのですが、当時を振り返って印象に残っている思い出などはありますか。

小林:当時の逗子スクールには厳しさの中に人間的な魅力にあふれる個性的な先生方がとても多かったことを覚えています。それまで僕は習慣的になにかを継続することが苦手なタイプだったのですが、先生方の熱心な指導のおかげで、その後の人生を切り開いていく上で大切な力となる「コツコツ積み重ねる力」が備わりましたね。それと合格体験記に掲載いただいたのも大切な思い出です。ボールペンと一緒に今でも大事に保管してあります。

中萬:それはうれしいですね。小林さんはそのあと横須賀高校に合格し、東京理科大学、そして同大学院で宇宙物理学を学ぶことになるのですが、宇宙物理学という学問に興味を持ったきっかけを教えてもらえますか。

小林:母が言うには僕の幼少時代はかなり多感な子だったようで、年少の時に「人はいつか死ぬ」ということを知って大声で泣きわめいたそうです。それ以降、小学校に入ってからもいつも心のどこかで「自分に与えられた時間が決して永遠ではない」ということを意識していた気がします。そんな小学生時代のある日にTVをつけると、宇宙を特集したドキュメンタリー番組が放送されていて。

中萬:死におびえる小林少年がはじめて宇宙に出会ったわけですね。

小林:はい。僕たち人間が生きる時間とはスケールの違う広大な時間が流れる宇宙。人間の尺度では計り知れないこの大きな存在を知ることで、死への恐怖が少しやわらいだのを覚えています。この体験から急速に宇宙や天文学にひかれていきました。

理系で培った視点が音楽に奥行きを与える。

写真:CHUMAN卒塾生小林洋平さん

中萬:その時に芽生えた宇宙への思いが宇宙物理学という学問に打ち込む動機になっていくわけですね。しかし今度は一転して音楽の道を志すことになる。そこにはどんな心境の変化があったのでしょう。

小林:もともと幼い頃から音楽に親しんでいたので、僕の中に宇宙と音楽はいつも共存していました。しかし大学院の1年生の時にこの2つのあいだに大きな葛藤が生じて、その中で音楽がやりたいという情熱が勝り、難関である奨学金の試験にも合格したことからバークリー音楽大学への留学を決意しました。

中萬:宇宙から音楽へ。これは一見すると科学的な世界から情緒的な世界への方向転換のようにも思えるのですが、宇宙と音楽との関係性について小林さんはどのように考えていますか。

小林:宇宙物理学から音楽に転身したという話をするとよく真逆の世界への転身ととらえられるのですが、僕の中でこの2つは、答えのない無限の可能性を探究するという意味において同一線上にあり、関連性があるものだと捉えています。表現手段が数式から音符に変わっただけなのかもしれません。

中萬:なるほど。僕は小林さんの音楽の大ファンでもあるのですが、小林さんの音楽はたとえば自然をテーマにしていても、ただ感覚的に自然を描いているのではないと感じていました。これは古くは安倍公房さん、最近では東野圭吾さんや森博嗣さんなど理系の作家にも通じることですが、理系の学問で培った実証論的な視点が表現に奥行きを与えているのですね。また、先ほどの「死生観」をお聞きして思うことは、「日々食べることができる」「生きることができる」「人と支え合っている」という日常への感謝が伝わるのです。それが小林さんの音楽を温かく力強いものにしているのでしょう。

小林:ありがとうございます。僕は美しいものをただ美しいと表現するのではなく、その対象が宇宙の現象の中で備える死生観や、はかなさなどを表現したいと思っています。今のお話を伺ってこれは宇宙という存在を物理学という理系のアプローチから探究してきたからこそ生まれる視点なのだと気付かせてもらいました。

苦手な英語はリズムでマスター!音楽の本場アメリカへ。

写真:CHUMAN卒塾生小林洋平さん

中萬:そして音楽への情熱を胸に単身アメリカを目指すわけですが、当時の小林さんの英語力はどの程度だったのでしょうか。

小林:それはもちろん・・・、苦手でした (笑) 。

中萬:苦手とは、たとえばどのくらいのレベルで?

小林:海外の空港で乗り換えができずに、飛行機に乗り遅れてしまうほどのレベルです。

中萬:それは大変だ。しかし、そんな小林さんがアメリカの名門バークリー音楽大学を首席で卒業することになる。そのあいだには当然、英語をマスターしていかなければならなかったと思うのですが、英語学習をする上での上達のポイントやコツなどはありましたか。

小林:英語を理解できないと教科書も読めない、授業も分からない、コーヒー一杯にすらありつけないという状況でしたから、とにかく必死で英語を使いました。その中で僕がポイントに感じていたのが、“音を聴いて真似をする”ということでした。まずは英語の意味や単語を理解しようとするよりも、現地の人の口ぐせや相づちなどを繰り返し真似して、口や体に英語のリズムをたたき込む。そうすることで自然と英語のリズムやパターンが身についていき、少しずつコミュニケーションがとれるようになっていきました。

中萬:耳で聞いた音を声に出して繰り返し真似る。まさしくこのプロセスは、英語をマスターする上で一番効果的な学習法です。きっと生きるために英語をマスターするしかない状況の中で、本能的に最善の方法を選択していったのでしょうね。

小林:確かにそうかもしれませんね(笑)。

大切なのは心からやりたいことにチャレンジし続けること。

写真:CHUMAN卒塾生小林洋平さん

中萬:その後バークリー音楽大学で映画音楽を学び、首席で卒業。今では映画やドラマ、ドキュメンタリー番組など音楽家としてさまざまなフィールドでご活躍されている小林さんですが、もうひとつ活動のフィールドとして東日本大震災の復興支援やカンボジアでの地雷除去をはじめとするチャリティーコンサートがあります。こちらはどういった経緯ではじめられたのでしょうか。

小林:僕の母はピアノの講師をしており、休日には伴奏を担当しているコーラスグループと一緒に地域の医療施設などで慰問演奏会をしています。僕も留学前にたまにサックスを吹かせてもらっていたのですが、ある時、重たい病気で入院されている患者さんの前で童謡を吹かせてもらう機会がありました。その時にその患者さんが演奏を聞きながらポロポロと涙を流されて、あとで聞いた話では「音楽を聞いているあいだは自分が病気だということを忘れられた」と仰っていたそうです。それを聞いた時に僕は、音楽は悲しみや痛みを抱えている人へのギフトなのだと実感しました。そしてせっかく授かったこの力を社会に還元していかなければと思った気持ちが今のチャリティー活動へとつながっています。

中萬:すばらしいですね。そんな小林さんのこれからの目標について教えてください。

小林:演奏家として、作曲家として、日本はもちろんですがハリウッドなど世界にチャレンジしていきたいです。二度とない人生、どこまでもチャレンジを続けていきます。

中萬:私も一ファンとして小林さんの曲をもっと多くの人に聴いてもらい、幸せを共有したいですね。最後に中萬学院グループに通う生徒たちにメッセージをいただけますか。

小林:まずは自分が心からやりたいと思えることを見つけてほしいと思います。そのためには最初から好ききらいを決めつけず、できるだけ自分の心をオープンにすること。やりたいことが見えてくるはずです。もし見つけられたら、やってみたい気持ちに素直になって、努力を惜しまず情熱を持ってチャレンジしてみてください。皆さんの未来には自分も知らない可能性が広がっています。

中萬:貴重なメッセージありがとうございます。これからも応援しています。本日はどうもありがとうございました。

小林:ありがとうございました。

プロフィール
写真:CHUMAN卒塾生小林洋平さん
小林洋平氏(作編曲家・サックス奏者)
神奈川県葉山町出身。県立横須賀高等学校を経て東京理科大学で宇宙物理学を学ぶ。同大学院時代に特待生としてバークリー音楽大学へ留学。映画音楽科を首席卒業。帰国後は直ちに第一線の作・編曲家として活躍を始める。
主な作曲作品として、映画「繕い裁つ人」、NHK「国際報道2016」、NHKスペシャル「世界遺産 富士山」、NHKドラマ「はぶらし」「チャンス」、TBSドラマ「BUNGO」等がある。編曲家としても、映画「キャプテンハーロック」、ディズニー「UniBEARsity」PV、「ファイナルファンタジーXIII」など、多くの作品に編曲を提供。また、唯一無二の世界観を持つサックス奏者としても数多くのファンを魅了している。
写真:東中学校体育館でコンサート
写真:東中学校体育館でコンサート

高田東中学校全校生徒と仮設住宅の皆さんを招いて、ご遺体安置所でもあった東中学校体育館でコンサートを開催。吹奏楽部の中学生とも一緒に演奏。上写真は今年卒業した吹奏楽部生徒と初めて出会った3年前の様子。

写真:被災地陸前高田
写真:被災地陸前高田
写真:被災地陸前高田

被災地陸前高田にて。高田松原再生のために松苗を育てる。右上写真は「高田松原を守る会」会長鈴木氏(左)と副会長小山氏(右)。上は「奇跡の一本松」から文字通り奇跡的に接ぎ木でつながった、いわば分身。小林さんが「そら」と命名。左は松苗畑にて。「苗にもサックスを聴いてもらっています」。

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